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2012/01/12 1月11日(水)卒業してゆく3年生 ②
「卒業してゆく3年生」

毎年 白卓日記のこの記事を見て 

そして卒業生を見送って 何年目・・・?

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芽人が登場

とうとう こんな日がやってきました・・・

1月11日(水)卒業してゆく3年生 ②

 内田芽人が卓球場に通い始めたのが小学校5年生の頃でしたから、かれこれ8年の付き合いになります。

 一生懸命頑張るスタイルはその頃から変わりません。でも小学生から中学2年生の頃までは結果に結びつかず、普通の両ハンドドライブ型ではなく粒高を使った変則型にでも変えたらどうか、と進言したこともありました。

 中2までは、いつも県内の「5番目」で、いつも仲間の表彰式を指をくわえて見ている立場でした。その彼が”豹変”したのが最後の最後、中3の全中県予選でした。あれよあれよと言う間に勝ち上がり、決勝戦も奇跡的な逆転勝ちで優勝してしまいました。その勢いで、東海ブロック予選も勝ち抜いて、夢にまで見た全中に出場することができました。

 高校入学後も自信をつけた安定感あるプレーで、1年生ながら全日本ジュニアに出場するなど順風満帆でした。しかし周囲に徐々に追いつかれ始め、2年生で沖縄インターハイにダブルスで出場したものの、シングルスで目立った成績は残せなくなってきました。

 彼の身上は、「誰よりも一球でも多くボールを打つ」ことでした。どんな時でも無骨に不器用に練習場で自主練習するスタイルは変わらず、気弱で勝負強さに欠けていた彼を鍛え上げたのは彼自身の、「卓球が好き」という純粋な気持ちでした。

 大切な試合前になると緊張からか不調に陥り失敗するパターンを繰り返してきた彼ですが、最後のインターハイ予選では好調を維持して堂々と単複団体の予選をクリア。特に団体では県予選決勝2-2ラストを締める試合から始まり、東海総体でもチームを6年ぶりのベスト4に導くラストでの勝利、そしてインターハイ1回戦でもラストで勝つなど、鬼神のような活躍で高校での最後を締めくくりました。

 卒業後は彼の慕う”俊さん”こと昨年卒業の伊藤俊介さんの後を追い地元大手企業への就職が決まっています。卓球を本格的に続けるのは難しいかもしれませんが、現在も小中学生の練習相手の傍ら可能な限り練習に参加している、どころか夜遅くまで練習を続けています。

 最近の芽人はいつもニコニコ笑顔が絶えません。勝ち負け以前に、純粋に卓球が大好きだった小学生の頃を思い出させてくれます。「好きこそものの上手なれ」は彼のためにあるような言葉です。

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00:51 | ★そらまめ家の卓球部物語・2巻 | コメント:0 | トラックバック : 0 | page top
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